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空気であり水である大切な音楽たちに触発され、物書きリハビリ中
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三上先輩は、いつだって中西先輩を見てた。
中西先輩しか見てなかった。
俺はそれを知っていて、それでも伝えたいと思ったんだ。
三上先輩が高等部へは進学せずに受験するなんて噂を聴いたから、せめて想いだけでもって。
俺にとっては初めての恋だったから。
絶対振られるって思ってた。
なのに、三上先輩が笑って俺の手を取る、から。
中西先輩の代わりでも構わないって、思ってしまったんだ。

月明かり

寮の近くの公園は、夜の中でただ静かに息をひそめた木々の影に覆われていた。
数メートルおきに公園を囲んで設置された街灯はその影をわずかに蒼く変えて、その中でブランコに腰掛けて月を見上げる三上は笠井の目にはあまりに神聖に、そして儚く見えた。
今は止んでいる風が吹いたのなら、三上はそのまま吹き散らされて消えてしまうのではないか。
そんな錯覚を催すほどに。
コンビニの袋を持ち直し、笠井は公園に足を踏み入れる。
失いそうな不安を抑えて、笠井は口を開いた。
「三上先輩」
三上はちらりと笠井を見遣り、すぐに月に視線を戻した。
「買い出し?」
「ええ、シャープの芯が切れてしまって」
「ふぅん」
会話はそこで途切れる。
笠井は少し迷い、それから隣のブランコに静かに腰を下ろした。
三上は何も言わなかった。気にもとめていないようだった。
蒼い月の光に照らされた三上の横顔を、じっと見つめる。
表情のないその横顔が、何故か泣いているように見えた。
黒髪に隠れた三上の耳がヘッドホンに覆われていることに気付く。
「三上先輩」
「うん?」
「先輩はどうしてここに?」
「息抜き」
「受験勉強の」
「期末試験の」
「受験は? するんでしょう?」
三上がゆっくりと笠井を振り返る。
「誰から?」
「噂、です」
「信じてんの?」
「三上先輩の言葉を、信じます」
漆黒の瞳が瞬き、それから微かに笑んだ。
答えがわからずに笠井はもう一度問う。
「するんですか、受験」
「さぁね」
「三上先輩」
咎めるように声を上げたが、三上はもうそれ以上会話を続ける気がないとでも言うように、また月を見上げてしまった。
笠井はため息をつき、足もとに視線を落とす。地面を蹴って、微かに舞った土埃に眼を細めた。
三上は本当に、受験をするのだろうか。
戯れに繋いでくれたこの手は、それをきっかけに離れるのだろうか。
もとから繋がるはずのなかったものだ。
今共にいられるだけでも幸せなのかもしれないと、笠井は思う。
隣の三上をもう一度視界に収める。
凛と澄んだ空気に包まれた三上を、強く好きだと思った。
ふと、三上の耳を覆うヘッドホンのコードの先が、どこにも繋がっていないことに気付く。
「三上、先輩?」
「今度は何?」
「あの、何、聴いてるんですか?」
きれいな横顔が、微笑む。
「月の声」
「……え?」
「夜の音」
戸惑う笠井に三上は笑い、ブランコから立ち上がった。
振り向けられた瞳に浮かぶ憂いに、どきりとする。
その彩は中西を見つめる三上の瞳にいつも浮かんでいた彩だった。
「三上先輩は、どうして俺を受け入れてくれたんです?」
自然と問いが零れた。
首を傾げた三上に、笠井は泣きそうになる。
「中西先輩のこと、好きだったんでしょう?」
「笠井」
「なのにどうして」
「笠井」
「今、俺は三上先輩の中で何番目ですか。先輩は、ほんとはまだ中西先輩のこと、まだ好きなんじゃないですか?」
身代わりでもいいと、あの時は確かに思ったのに。
傍にいられるならそれでいいと思えたのに。
瞳が濡れるのがわかった。視界がにじんで、三上がゆがんで見えた。
俯いた笠井の髪に、三上の指が触れる。
びくり、と肩が揺れた。
「笠井」
「……はい」
「確かに俺は、中西が好きだ。笠井がいうように、今もきっとまだ」
「…………」
「でも、おまえは俺が好きだろ?」
「はい」
「俺はずるいから、おまえを利用してんだよ。中西が俺なんか好きじゃねぇの知ってるから、俺があいつ想ってんのわかっててそれでも俺を好きだっておまえが言うから、甘えてんの」
三上の指先が、輪郭を確かめるように笠井の頬をゆっくりと辿る。
唇に親指が触れ、息が止まるような気がした。
「笠井」
「はい」
「自分で望んだことだろ? おまえは、俺みたいにあきらめないんだろ? だったら不思議そうな顔してる暇あんならさ、俺のコードをどっかに繋げよ。夢中になる音、聴かせてみろって」
三上は意地悪く笑い、笠井の唇をふさいだ。
頬を温かいものが伝う。
それは笠井の涙ではなく、三上の涙だった。
締め付けられるように心臓が痛む。
鎖を握っていた手を伸ばして、三上の背中を抱いた。
自分よりも大きな背が震えていることに気付く。
ああ、そうか、と。
三上は強がりばかりで、そんな姿が痛々しくて、笠井はずっと、そんな三上を守りたかったのだ。
孤独な唄声なんて、聴かせたくなかったのだ。
「先輩」
「なに」
「俺、間に合いますか?」
にやり、と至近距離で三上が笑う。
「さぁね」
笠井は微笑み、今度は自分から三上に口接けた。

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