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空気であり水である大切な音楽たちに触発され、物書きリハビリ中
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こうして触れるのが、今日が最後と思うと涙が零れそうだった。
愛していたのだと、痛いほどに思った。


【Distance】


記憶の中の三上は、いつも泣いていた。
出逢ったばかりのあの頃は皮肉気に笑うだけで、この男が泣く事があるなど思ったこともなかった。
真夜中の屋上で一人煙草の煙を燻らせながら、折り合いが悪かったことを懐かしく思い出す。
基本的には同属で、それ故の嫌悪感がいつから愛しさに変わったのだろうか。
それはあまりにも緩やかに中西の中に育ち、2年に進級したばかりの散りゆく桜の下の三上に決定的に自覚させられたのだ。
あの日、初めて三上の涙を自分は見たのだ。
何が理由だったのか結局三上は教えてくれなかったけれど、まだ夜の明けきらない早朝の、降る桜の花びらで微かにピンクに色づくの空気の中で、ざらついた木肌を撫でながら三上は泣いていた。寮則を破って帰ってきた中西がそこに遭遇したのは偶然だった。
その偶然を必然だったと思いたいのは、三上だけではなく自分もだったけれど、中西はそれを口にしたことがない。
行為ばかりを重ねて想いを口にしないことで三上がいくつもの不安を抱えていたことを知っている。それでも、中西は三上に好きだと、愛していると、言えなかったし、三上も面と向かって言葉を望まなかった。
言葉など、どれほどの力も持たないことを、互いに知っていた。
それでも、繋いだ手を放すことが、怖かった。

授業をさぼって屋上でぽつりぽつり、自分のことを話した。将来のことを、語った。
育った環境も性格も考え方も手伝って、同じ方向に進めないことは最初から明らかで、その距離を埋めようとするたびに自分たちではどうしようもない決定的な溝を感じた。
ならば、共にあれる時間を出来る限り大切にしたいと思った。
けれど適当な人付き合いしかしてこなかった中西には、三上をどう大切にしていいのかがわからなかったし、心を閉じて生きてきた三上には中西に自ら手を伸ばすことができなかった。
互いの気持ちがわかっていても、経験が疑心を連れてきて、すれ違う言葉がどれほど三上を傷つけてきたのだろうと、中西は苦笑する。
確かに最初は同属嫌悪だった。自分と三上は似ていると思った。
けれど三上は自分よりもずっとずっと透明度が高く、崩れやすく、感受性が強いせいで些細なことで心を揺らし、それを隠すように強がりを口にする三上が痛々しくもあったけれど、時折、何も感じないように心を平坦にした自分よりも、本当は強い人間なのかもしれないと中西は思う。
守っているようでいて、守られていたのはきっと、自分の方だ。

別れたいと、呟いた三上の、俯いた後頭部を思い出す。
少し癖のある、細い黒髪。
指の間を滑るその髪の感触が、好きだった。
嫌がる三上の洗い上がりの髪を整えるのが、好きだった。
三上の決意に言葉を返せなかった自分には、あと幾度その髪に触れる事が赦されるのだろうか。
自分のせいで泣いてばかりいた三上の、きれいな笑顔を想う。
名前を呼ぶ、感情のまま微細に揺れる声を想う。
初めて伸ばされた手の、指先の微かな震えを、想う。
別離の言葉は、いずれ口にすべきもので、それが三上からだったことも言われた時期も、中西の想定とは少しずれていたけれど、終わりは、最初から見えていた現実だ。
さよならを自覚したまま、それでも中西が伸ばした手を掴んでくれた三上が愛しかった。
不安を押し殺して中西を求めてくれた三上が、愛しかった。
これほどまでに自分の心を奪って行った三上が、わかっていたのに繰り返す季節を、永遠を夢想させた三上が、中西は言葉に尽くせないほどに大切だった。

短くなった煙草を捩り消して、中西は立ち上がる。
秋の冷えた空気に一瞬だけ強く煙草が香り、掻き消えた。
寮内に戻ろうと握ったノブの冷たさが、胸を締め付けた。
鈍い音を立てて、扉を外に開く。
常夜灯の緑色の光の中、会談の一番上、三上が膝を抱え込むようにして蹲っていた。
「みかみ…?」
囁くように、名前を呼ぶ。
三上はぴくりとも動かず、そっと近づいてしゃがみこめば、三上はその姿勢のまま眠っていた。
いつから、ここにいたのだろう。
自分が屋上に出たのは随分と前のことだ。自分を、三上は探していたのだろうか。探しながら、結局訪れる事ができなかったのだろうか。
静かに手を伸ばし、黒髪に触れる。
頬にかかる黒髪を避けると、常夜灯の光に涙の跡が浮かんだ。
「三上、好きだよ」
夜の中、小さくつぶやく。
触れた髪の、頬の、三上の感触に、涙が出そうになった。
三上を連れていける程の力がない自分が悔しかった。
どれだけ大人びていると言われようと、結局自分たちはまだ中学3年生の子どもでしかないのだと、自分で決断できることなどほとんどないのだと、それが哀しかった。
ぽとり、とひとつ、三上の上に涙が落ちた。
小さく震えた瞼が開いて、漆黒の瞳が中西を捉える。
「……なか、にし?」
寝起きの、かすれた声が名前を呼ぶ。
愛しさのまま、中西は三上を抱き寄せた。
指に滑る髪の冷たさと、触れた肌から伝わる熱に、またひとつ、涙が堕ちた。
ぎこちなく、三上の腕が中西の背中に回る。
「泣いてるのか…?」
「泣いてないよ」
「泣いてんだろうが」
「泣いてないってば」
声の震えを抑えられないまま、それでも首を振る。
背に回った三上の腕に、力がこもった。
耳許で、三上の息遣いが湿る。
「三上こそ、泣いてるの」
「泣いて、ねぇよ」
強がる三上に、想いが溢れた。
好きだと、愛してると、口にしたかった。
けれどどれだけ言葉を重ねても、今更選べる道などないことも知っていた。どうしたって自分達には、別離しか選べなかった。
どうしたらよかったのだろうと思う。
大嫌いな「たら」「れば」を幾つも思い浮かべる。
「三上、ごめんね」
「何、謝ってんだよ」
「ごめん」
少し力を弱めて、三上の顔が見えるように体を離す。
涙に濡れた三上の顔が、痛むように歪んだ。
「俺、幸せだったよ」
「うん」
「今日が来ること、わかってても、おまえの手を取ったこと、後悔なんてしてねぇから」
「うん」
「だから、謝んなよ…」
「うん」
震える唇に、親指を触れる。
「三上、キス、してもいい?」
三上の瞳が見開き、微かに揺れる。
「んなこと、いちいち訊いてんじゃねぇよ」
「うん、そうだね」
俯いてしまった三上に微かに笑い、中西は三上の額に唇を落とす。
「三上、好きだったよ」
今でも、好きだよ。
「俺も、好きだったよ」
心を隠して、お互いに過去を伝える。
零れた涙が混じって、触れた唇から音にならなかった想いが絡む。
これが最後なのだと思ったら、惜しむほどに三上を愛したいと、そう思った。






Distance song by LAZY KNACK

風が通り抜けてく場所を 探し求め心さまよう
夢の中じゃいつもの笑顔 悩まされて眠れぬまま

屋上から見渡す景色 お互いのこと話し合ったね
いつの日から壊れかけたの 知らず知らず傷つけてた

愛してると 言えやしないけれど
何よりも君が大切だったよ 心から

生まれて初めてだよ こんなにも孤独を感じること
そう愛してたことも 失うことも辛いなんて


ビルも人も表情がない でも毎日同じリズムで
時を刻み心の隙間 埋められない失ってく

僕の心 癒してくれたのは
やわらかい声で 響きと眼差し あの笑顔

生まれて初めてだよ 永遠が悲しみになるんて
言葉がなければきっと 僕らは一つになれたさ


生まれて初めてだよ こんなにも孤独を感じること
そう愛してたことも 失うことも辛いなんて

生まれて初めてだよ こんなにも掻き乱されてること
何度でも2人になら 季節がくると信じてた
生まれて初めてだよ 永遠が悲しみになるなんて
言葉がなければきっと 僕らは一つになれたさ
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空を見下ろす。
遠い遠い地面にへばりついた、蒼。
小さな、空。
空の縁にはたくさんの人が立って、あたしを見上げていた。

あたしは堕ちる。
空に、堕ちる。

イメージだけが先に、遥か下方の空へ飛び込んでいく。

 


あたしのココロは冷たい。きりきり痛いくらいに、冷たい。あたしの周りを今吹き抜けていく風に冷やされたみたいに、冷たくなって、からからに乾いて、罅割れてしまいそうだ。
いつからだったろう。繰り返し繰り返し、思ったんだ。
こんな世界、いらない。あたしなんて、いらない。死にたいとかそうゆうんじゃなくて、消えたいって。誰にも必要となんかされてないなら、消えちゃいたいって。
あたしがいなくなって、そしたら誰かが泣いてくれたりするのかな。そうやってココロに疵となって残るのもいいな。でも、できるならあたしが存在した記憶ごと、ぜんぶぜんぶ、あたしというものがなくなってしまえばいいのにって、何度も思った。
冷たい痛み。
誰も知らない、あたしの痛み。
だって、考えてもみなかったでしょう? あたしのポーカーフェイス、見破ってくれた人はいなかったもの。それとも、それはあたしが気づかなかっただけ?
誰かが言ってたっけ。人は誰もが一人で生まれてきて、そして死ぬときも結局は一人なんだよって。淋しくて仕方がなくて、だから自分以外の熱を求めて、寄り添い合うんだって。
でも、あたしには何かを共有してくれる人がいない。共有したい人がいない。
だってあたしの中は真っ黒で、どろどろで、誰かに触れたらその人まで穢してしまいそう。あたしのそういった部分も含めてあたしを抱きしめてくれる人なんて、いない。だったら不用意に触れてキレイなものを汚すくらいなら、あたしなんていらない。
世界がキレイなもので多い尽くされてるなんて幻想みたいなこと、言わないよ。ううん、この世界にはキレイなものなんてほんの一握りしかないと思ってる。でも、だからこそ、そのキレイなものにあたしの汚れを移すことはしたくないんだ。
それは、あたしの中の、きっと唯一のキレイな部分。
ただのエゴかもしれない。だけど、あたしはこれ以上あたしとおんなじ痛みと穢れを、ここに広げてはいけない。触れたくても触れられない眩しいくらいの笑顔を、見ていたいから。
ああ、でもそれを見続けることは、あたしには叶わないんだ。
かろうじて脈打っていた何かが、苦しいと叫ぶ。これ以上は無理って叫ぶ。
からりと乾いたココロが、罅割れる音が聴こえるの。痛みに耐えられなくて、かさついた悲鳴を上げるの。
ここにいてはいけないと、あたしを追い立てる。
だからあたしは堕ちる。
この空の中へ、堕ちるんだ。
屋上に吹く風は冷たくて、錆びついた手すりはざらざらしていて、でも、空だけはさっきまでの雨を感じさせないくらいに高く、蒼い。
あたしが今まで見た中で、一番キレイな、空。
ああ、でもいつだってみんなの上にはこの空が広がっていたんだ。あたしの中の重たい何かがきっと先に落ちてしまって、そうしてようやくあたしは、本当の蒼さを知れたんだね。

汚いあたし。
愛されないあたし。
自分が大ッ嫌いなあたし。
世界なんていらないあたし。
世界にはいらない、あたし。

そんなあたしが、この空に落ちて溶けることはできるのかな。あたしの穢れをぶちまけてしまうだけではないのかな。
でも、それもいいか。
一点のシミになって、青空を汚して、そうしたらあたしのことを知るすべての人の記憶からあたしがいなくなったとしても、あたしはあたしを見てもらえる。
ぜんぶ、持っていくよ。記憶も、ここに存在した証もぜんぶ引き連れて、空に堕ちるの。
地上に広がるあの小さな、でも本当はどこまでも広い空の中へ、あたしはうまく堕ちていけるのかな。人が見上げるあの中心で、あたしは上手に空の中へ消えることができるのかな。
でも、誰かがあたしの背中を押すの。
ココロのドアに拳を痛いくらいにぶち当てて、ここは苦しいから早く何もないあの蒼い場所へ出してって叫ぶの。

風が、冷たい。
手すり、ざらざらする。
下から、みんなが見てる。
ココロが割れてく音がする。
小さな空が、見える。
そして、

    あたしは、
           堕ちる。
      
 
        空に、
                 堕ちる。







そこにいた人々は、すべてを見ていた。
彼女が手すりを乗り越える瞬間も、足元のコンクリートを蹴る瞬間も。
誰かが息を呑む、音がした。
真っ直ぐに地面の水溜りに、彼女が落下する。


         落下、する。
           水の中の小さな空へ。










大学3年生か4年生の時に書いたやつが出てきたので上げてみた。
自分の中では結構好きな作品。

夜空を見上げたら、月が大きかった。
東の低い位置、少し歩を進めればすぐ建物に隠れてしまう、満月まであと少しの。
紅音はポケットから携帯を取り出してカメラを起動させた。
車の来ない道路に出てレンズを空に向ける。
「…………」
一世代前の携帯カメラは画素数が低く、円やかだった輪郭が滲んだ。荒い画面では闇も薄色に塗り替えられて、安っぽい水彩画めいた小さな風景に溜息をつく。
道路の先で曲がってきた車の光がちらついて、紅音は携帯をしまって歩道に上がった。
月を切り取ろうなんて、最初から無理な話だったのだ。
けれど紅音はいつか月に触れることができると思っていた。
自分は、かつて月棲んでいた。
人はみな御伽話だとか前世占いを信じすぎだとかいうけれど、紅音にとってそれは夢物語などではなく、当たり前の感覚だったのだ。














短編、書きたい。
長編は気力を使うから無理だー。

出だしだけ、書いてみた。
どう展開させようか迷う。
 

三上先輩は、いつだって中西先輩を見てた。
中西先輩しか見てなかった。
俺はそれを知っていて、それでも伝えたいと思ったんだ。
三上先輩が高等部へは進学せずに受験するなんて噂を聴いたから、せめて想いだけでもって。
俺にとっては初めての恋だったから。
絶対振られるって思ってた。
なのに、三上先輩が笑って俺の手を取る、から。
中西先輩の代わりでも構わないって、思ってしまったんだ。

月明かり

寮の近くの公園は、夜の中でただ静かに息をひそめた木々の影に覆われていた。
数メートルおきに公園を囲んで設置された街灯はその影をわずかに蒼く変えて、その中でブランコに腰掛けて月を見上げる三上は笠井の目にはあまりに神聖に、そして儚く見えた。
今は止んでいる風が吹いたのなら、三上はそのまま吹き散らされて消えてしまうのではないか。
そんな錯覚を催すほどに。
コンビニの袋を持ち直し、笠井は公園に足を踏み入れる。
失いそうな不安を抑えて、笠井は口を開いた。
「三上先輩」
三上はちらりと笠井を見遣り、すぐに月に視線を戻した。
「買い出し?」
「ええ、シャープの芯が切れてしまって」
「ふぅん」
会話はそこで途切れる。
笠井は少し迷い、それから隣のブランコに静かに腰を下ろした。
三上は何も言わなかった。気にもとめていないようだった。
蒼い月の光に照らされた三上の横顔を、じっと見つめる。
表情のないその横顔が、何故か泣いているように見えた。
黒髪に隠れた三上の耳がヘッドホンに覆われていることに気付く。
「三上先輩」
「うん?」
「先輩はどうしてここに?」
「息抜き」
「受験勉強の」
「期末試験の」
「受験は? するんでしょう?」
三上がゆっくりと笠井を振り返る。
「誰から?」
「噂、です」
「信じてんの?」
「三上先輩の言葉を、信じます」
漆黒の瞳が瞬き、それから微かに笑んだ。
答えがわからずに笠井はもう一度問う。
「するんですか、受験」
「さぁね」
「三上先輩」
咎めるように声を上げたが、三上はもうそれ以上会話を続ける気がないとでも言うように、また月を見上げてしまった。
笠井はため息をつき、足もとに視線を落とす。地面を蹴って、微かに舞った土埃に眼を細めた。
三上は本当に、受験をするのだろうか。
戯れに繋いでくれたこの手は、それをきっかけに離れるのだろうか。
もとから繋がるはずのなかったものだ。
今共にいられるだけでも幸せなのかもしれないと、笠井は思う。
隣の三上をもう一度視界に収める。
凛と澄んだ空気に包まれた三上を、強く好きだと思った。
ふと、三上の耳を覆うヘッドホンのコードの先が、どこにも繋がっていないことに気付く。
「三上、先輩?」
「今度は何?」
「あの、何、聴いてるんですか?」
きれいな横顔が、微笑む。
「月の声」
「……え?」
「夜の音」
戸惑う笠井に三上は笑い、ブランコから立ち上がった。
振り向けられた瞳に浮かぶ憂いに、どきりとする。
その彩は中西を見つめる三上の瞳にいつも浮かんでいた彩だった。
「三上先輩は、どうして俺を受け入れてくれたんです?」
自然と問いが零れた。
首を傾げた三上に、笠井は泣きそうになる。
「中西先輩のこと、好きだったんでしょう?」
「笠井」
「なのにどうして」
「笠井」
「今、俺は三上先輩の中で何番目ですか。先輩は、ほんとはまだ中西先輩のこと、まだ好きなんじゃないですか?」
身代わりでもいいと、あの時は確かに思ったのに。
傍にいられるならそれでいいと思えたのに。
瞳が濡れるのがわかった。視界がにじんで、三上がゆがんで見えた。
俯いた笠井の髪に、三上の指が触れる。
びくり、と肩が揺れた。
「笠井」
「……はい」
「確かに俺は、中西が好きだ。笠井がいうように、今もきっとまだ」
「…………」
「でも、おまえは俺が好きだろ?」
「はい」
「俺はずるいから、おまえを利用してんだよ。中西が俺なんか好きじゃねぇの知ってるから、俺があいつ想ってんのわかっててそれでも俺を好きだっておまえが言うから、甘えてんの」
三上の指先が、輪郭を確かめるように笠井の頬をゆっくりと辿る。
唇に親指が触れ、息が止まるような気がした。
「笠井」
「はい」
「自分で望んだことだろ? おまえは、俺みたいにあきらめないんだろ? だったら不思議そうな顔してる暇あんならさ、俺のコードをどっかに繋げよ。夢中になる音、聴かせてみろって」
三上は意地悪く笑い、笠井の唇をふさいだ。
頬を温かいものが伝う。
それは笠井の涙ではなく、三上の涙だった。
締め付けられるように心臓が痛む。
鎖を握っていた手を伸ばして、三上の背中を抱いた。
自分よりも大きな背が震えていることに気付く。
ああ、そうか、と。
三上は強がりばかりで、そんな姿が痛々しくて、笠井はずっと、そんな三上を守りたかったのだ。
孤独な唄声なんて、聴かせたくなかったのだ。
「先輩」
「なに」
「俺、間に合いますか?」
にやり、と至近距離で三上が笑う。
「さぁね」
笠井は微笑み、今度は自分から三上に口接けた。

口接けた三上の唇は震えていて、零れ落ちた涙に、中西まで泣きたくなった。
愛しさで涙が出るなんて、それまで、知らなかった。

**re-play   sideN **

大学3年の冬ともなると、早い人は就職先が決まってしまう。
三上もその一人だった。
高校でサッカーをやめ、父との約束だという弁護士を目指した三上は、司法試験の前に法律関係の会社への就職を決めた。入る会社で親ともめたらしいが、それを中西が知ったのは共通の知人からだった。
けれど中西も三上に自分がどこへ行くのかも、そのことで家の中が騒がしかったことも言わなかったので、お互い様だ。
久しぶりに食事をし、同じベッドで眠り、それだけで二人の間の秘密はとろとろと溶け出して、そこにある熱だけで十分な気になる。
こんな風に話したくなったら話すだろうとそれぞれに結論付けて、仕舞い込んだままのものが考えてみればたくさんあった。
腕の中であの頃から変わらない安らいだ表情で眠る三上の髪に指をくぐらせる。しっとりと柔らかな髪は指の隙間をすり抜け、その感触が心地良かった。
「……ん、なに?」
「ああ。ごめんね。起こした?」
優しい声で問う。
三上は身動ぎ、そのまま中西に擦り寄った。ひどく甘えた仕種だった。
「三上? 眠いの?」
当たり前のことを聴いてしまったのは、それがあまりにも可愛かったからか、それともこんな仕種を久しく見ていなかったからだろうか。
「いま、なんじ」
「四時前」
「おきんの、はやい」
目を擦って呟く言葉はゆっくりで、その眠たげな姿が愛しいと思った。
決めたのは自分なのに、この手を放すことを躊躇うのは、本当はずっと傍にいて、同じ未来を歩きたいからだ。
「三上、あのね」
けれど、ずっとこのまま黙って手を繋いでいるわけにはいかないのだ。
「なかにし?」
何かを感じ取ったのか、不安そうに三上が名前を呼ぶ。
中西は微笑んで、もう一度その髪を梳いた。
「俺ね、三上。ドイツに行くことにしたから」
「……ドイツ?」
「そう、ドイツ」
繰り返す言葉に三上は惑うように瞳を揺らした。
頭の働いていない今の状態の三上に話を切り出すのはずるいとわかっていた。けれど本音を聴けるのも今のタイミングで、矛盾しているな、と自嘲する。
「なんで、いきなりドイツ?」
問う声が掠れ、それを恥じるように三上は眉を寄せる。
中西はサイドテーブルから煙草を取り、火を点けた。煙を逃がすためにすぐ左手の窓を細く開ける。
「俺の家が色々手広くやってるの、知ってるよね?」
「ああ」
「支店の一つがドイツにある。それに、前に行ったと思うけど、俺の生まれた街は向こうにあるから」
事業展開をするのに、自分は最適の人物だったのだろう。
本家へ引き取られた時から自分が駒の一つに過ぎないと認識していた中西には、それでも故郷へ帰れるのならそれもいいかと、そう思えた。
ただ、三上を残していくことだけが、怖かった。
だからといって別れを選ぶ自分は単純なのかも知れない。けれど、三上の幸せを願う故でもあった。
指先で、三上の頬を撫でる。
「だから」
冷静を装って。
今までの恋愛ごっこのように、何でもないことと、思い込んで。
三上の瞳がぐにゃりと歪むのを、見なかったことにして。

「今日で、三上とはさよならだよ」

声は、震えなかっただろうか。
言い切って、初めにそう思う。
ここで自分が震えたりしたら、三上は決してこの手を放せないだろうから。
「ドイツのここと、俺らのことが、なんでイコールなんだよ」
力ない問いかけに、中西は深く笑んだ。
「惜しんでくれるの? 俺のこと」
「…………」
黙り込んで眉間に皺を寄せた三上の髪を撫でる。月の光が艶やかな髪の上を滑って、しゃらしゃらと音を立てた。
「三上、わかってるでしょ?」
「中西」
「ずっと一緒、なんて御伽噺だよ。特に俺たちみたいなのには問題が多すぎる」
痛みを帯びた瞳に、優しく語りかける。
「俺は三上の隣を望んで、三上は俺の隣を望んでくれた。この一時、俺の腕を選んでくれた。それだけで、十分だよ」
だからもう、この手を放さなくちゃ。
「俺はもう、中西のこの手を、望んじゃいけねぇのかよ?」
「ごめんね」
これから先、三上を護ってやる余裕なんか、自分にはないから。
きっと三上も自分も傷つけて、だめにしてしまうから。
「想ってくれて、ありがとう」
指先で頬を撫で、唇を撫でる。
何度も言葉を躊躇う三上に、甘やかに口接けた。
震える手が、縋るように中西の腕を掴む。
「三上」
抱きしめたい衝動を押さえ込んで、愛し名を呼ぶ。
額を触れ合わせ、逃げようとする瞳を捉えた。
「幸せにしてあげられなくて、ごめんね?」
「中西」
「三上からたくさんのものをもらったのに、俺は三上を泣かせてばっかだったから。ほんとは笑わせてあげたかったんだけどね、何も、返してあげられない」
「……んなこと、ねぇよ」
「三上」
「俺は、中西がここに、俺の横にいれば、幸せだ」
だから、と強く望む声に、微笑んで首を振る。
声を立てずに泣き出した三上のその綺麗な雫が、中西の見た三上の、最後の記憶だった。
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