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空気であり水である大切な音楽たちに触発され、物書きリハビリ中
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中西の行方が分からなくなってから、もうすぐ一年が経つ。唯一居場所を知っているはずの根岸も、口を噤んだままだ。何度も問いかけられない自分の性格も、関係しているのかもしれないけれど。


** re-play  sideM **


昔部活のメンバーで行った遊園地がつぶれたと聴いて、三上はそこを訪れていた。
週末の真夜中だった。
遠い記憶と違い、光のない夢の国。沈黙の支配するその場所と世界はフェンスで隔てられ、門扉には巻きつけられた鎖に南京錠が、失くした喧騒を封じていた。
あの日は確か自分たちの引退試合明けで、朝から藤代に捕まって連れてこられたのだった。遊園地などに来たのは小学校の低学年ぶりで、けれど何故か柄にもなく楽しんでしまったのは、このメンバーで遊びに出かけるのも最後かと、感傷的でさえあったからかもしれない。
持っていた鞄を投げ入れ、スーツが汚れるのも気にせずにフェンスを乗り越えて、閉ざされたし基地内へ入り込んだ。
ミラーハウスと公衆トイレの間を抜け、ジェットコースターの下を通り、コーヒーカップを左手に、メリーゴーラウンドを右手に見て、三上がまっすぐ目指していくのは、夜よりも深い陰影の巨大な観覧車だ。
あの日中西と二人でいられたのは、そこだけだった。


見える世界が少しずつ変わっていく。
無言のまま、いつの間にか視界の半分は空だ。
「三上」
それまで黙っていた中西が不意に名前を呼び、その声がいつに泣く優しくて、三上はゆっくりと顔を振り向けた。
「この前の、答えだけど」
びくり、と躰が震える。
中西のやさしい声がどちらを意味するのか、三上にはわからない。
「この前の、って、あれ?」
「そう、あれ」
「うん……」
変える言葉が怖くて、三上は俯く。そんな自分に、苛立ちを覚えた。
くす、と中西が笑う。
「三上、こっちへおいで」
たしたし、と中西の手が呼ぶ。
ふらりと立ち上がれば、不安定な足場に視界が揺れた。
差し伸べられた手におそるおそる触れ、導かれるようにして中西の隣に座る。中西は微笑み、三上の髪を撫でた。
「なか、にし……?」
「うん?」
「あ、いや」
戸惑う三上の瞳を、中西は覗きこむ。
「ねぇ、何を怖がってるの? 俺を好きって言ったのは三上でしょ?」
「だから、怖いんだろ……っ」
やけに素直な言葉が零れた。
どうして中西の前ではポーカーフェイスでいられないのだろう。みっともなく、感情を露呈させて、涙が出そうになる。
「三上」
中西が耳許で名前を呼んだ。
「俺は、三上が、好きだよ」
囁かれた言葉の意味が三上の中で形を成すまでに、数秒を要した。
三上の右手を握る中西の左手の力が少し、強くなる。冷たい熱に無意識に縋って、指を絡める。空いた右手の長くきれいな指が、三上の頬を撫でた。
「何で、泣くの?」
少し困ったように問われて、初めて自分が泣いていることを知る。
意識した途端、余計にぼろぼろと零れ落ち、慌てる三上の涙の上に、優しい口接けが落ちた。

見上げた観覧車は沈黙を保ち、その巨躯で自分を押し潰そうとしているように見えたが、それとは逆に、まとう静けさは優しかった。
心の奥底にしまいこんで鍵をかけた感情が、甦る。動かない観覧車は、あの日から変わらない自分のようで、胸が痛む。
「中西」
呟くように呼べば、今もまだ強い想いが溢れて、涙が零れそうになった。
中西のことになると、酷く涙腺がゆるくなる。
何度中西の前で泣き、中西のことで泣き、中西を思い出して泣いただろうか。中西の温度に赦されるまで、涙を呑み込み続けてきたのに、それがいつの間にか出来なくなっていた。
そうして流した涙は、いつも心にたまった澱を、抉られた傷痕をきれいに洗い流し、三上は中西の手に闇から救い上げられていた。
けれど一年前、繋いでいたはずの右手と左手は離れてしまった。
それはとても突然で、有無を言わせぬもので、それでもいいたくない言葉を選んだのは三上自身だ。
嫌だ、なんて、三上には言えなかった。
闇色だった三上の世界を照らした光は潰え、残された未練は、見える世界に、記憶に、出逢う人の中に、失ったものを探している。似たものを見つけては手を伸ばし、けれど決して埋まらない空虚に中西を思っては泣いてばかりだ。
中西が好きだといったアーティストの音を、言葉を拾いながら、あまりに近い感情に嗚咽してしまったのは最近のことで、ここへ来たのはだからなのかもしれないと、ようやく思い至る。
泣いて流せる哀しみなら、流したかった。
中西に逢うまで、自分はずっと、そうして生きてきた。
失うくらいなら確かな何かなんて、ずっと、いらなかったのに。
眼を閉じる。
瞼の裏で、沈黙の観覧車に光が灯り、ゆっくりと廻りだす。右手にない熱を求めて、ぎゅ、と拳を握った。
夜空を見上げる。
ちらちらと瞬く星に中西の名を呼べば、この夜を渡って想いは届くのだろうか。
三上は苦く笑んだ。
またひとつ、ここに記憶が閉じる。過去は時と共に次々に欠落し、愛しさばかりが残るのだけれど、嫌がっても月日と共に、ひとつずつ、忘れていく。忘れようと、している。
本当は今でもこの手を繋ぎたいのに、それはまた、心の奥にしまいこんで。
太い支柱に凭れる。動かない観覧車の無人のゴンドラを眺めて、iPodから流れ落ちる音楽を聴きながら、三上はまた少し、泣いた。




三部作、ひとつめ。
次は中西サイド。
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